あべあいりの悶々MON!

宮城県気仙沼市出身 美味しいものをたくさん食べてすくすく育ちました。 「書いて育つ子」になるために、悶々をもっと 言葉にしていきたいと思います。ときどきポエマー。

ぞうの時間、ねずみの時間、あべの時間、パラレルタイムを謳歌しよう!

‪マッサージ学校を出てから4日間ホテルにこもったんですよ。日が昇って落ちるまでをずっと体感していました。‬


‪よーーく体で時間を感じていくと、ふとこの時間をどうデザインしようが、それは自分次第なんだなと思ったんですよ。時間に対しての主体感、オーナーシップが出てきました。当たり前の事なんですが。

 

タイでは別に何も考えずに暮らしてても良かったし、人と話さなくとも良かったし。

 

でも本を読んで言葉や考えを得ていくことが本当に楽しいと思ったし、skypeで誰かと話すことも楽しくて本音でガンガン喋っていたし。

 

あの自由に使える時間の中で、わたしは落ちぶれて鬱になることもなく。自分から学びや刺激を得たいと思っていましたし、何故かとても素直に自分の弱さを受け止められるようになっていました。

 

タイへ行く前の引きこもり鬱生活から激変したものだから、とても驚きつつ。。。今までどう時間を過ごしてきたんだろう、と思ったんです。

 

"自分の生活"のためにバイトしなきゃとか、"自分の単位"のために学校に行かなきゃとか、"自分の成長"のためにアレをしなきゃコレをしなきゃ。ってさ、結構一般的には刺激的な生活だったと思います…。

 

学校、インターン、バイト、その他、とても恵まれた環境です。どれもすぐに辞めたいと思わなかったし、続けたいと思える場所に自分を置くことはできていたと思います。

 

でもなんだか全然刺激的ではありません。決まった時間割に自分を押し当ててる感覚だったと気が付きました。だから刺激はあっても、連綿とした流れの中で自分の好奇心は消えかかっていたし、刺激の先に何を求めているのかも分からなくなってました。

 

自分のためにって頑張ってきたことだけど、自分に自分が設定した以上のことは何も返ってきませんでした。生活のために以上にはならず、成長のため以上にはならず、単位のため以上にはならないのですね。途端に気が抜けました。生き甲斐ってなんだろう。

 

 

 

4日間、身体もゆっくりゆっくり、何もせずに整えたらすっかり体力がみなぎってきて、帰国してから朝から晩まで全力で駆け抜けられるようになりました。


‪あれ以来、時間の感覚が今までよりも、とても長く感じられるようになったんです。すごく楽しい。。。

 

タイで感じてた24時間と東京で感じる24時間も、どんなに頑張っても同じ。連綿としているけど睡眠という節があるようにつくられている。そこで自分の体力が回復するからまた走り出せる。頭が働き出すと昨日とは違う発想や言葉が自分に溜まっているし、毎日同じではなくて、違うことにも気付ける余裕が出てきました。

 

自分のためと言っていた日々から自分を解放して、今は体と心が赴くままに生活してます。タイでの4日間、鬱にならなかったのは休んでる時間が長くて元気だったからです。鬱々なことを考えたり寂しくなったりするのは疲れや余裕のなさからくるので、しっかり体を休めることを学びました。 だから疲れたら躊躇なく休みます。あとはやっぱり好きなことをすることです。今あるわたしの手札はとても良好ですから、その中でやりたいことをやる。すると結果的には生活のためにも、成長のためにも繋がっていくように、導線はつくられています。

 

そうやって考え方のパラダイムシフトが帰国後のわたしをつくり始めました。毎日が楽しいです。ぞうの時間、ねずみの時間と同じようにあべあいりの時間もつくって良し。

 

ちょっと詰んだなーと感じた時には、エスケープもとても大切。良い時間でした。